■ 中学受験はその先に高校・大学があります ■

「ゆとり教育」指導要綱の 下敷きをまとめた
前教育課程審議会会長の三浦氏は次のように述べています。
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「学力低下は予測しえる不安というか、覚悟しながら教課審をやっていました。
いや、逆に平均学力が下がらないようでは
これからの日本はどうにもならないということです。
つまりできない者はできないままで結構。戦後50年、落ちこぼれ の底上げばかりに注いできた労力を、
できる者をのばすことに振り向ける。百人に一人でいい。
やがて彼らが国を引張っていきます。
限りなくできない非才、無才には、せめて実直な精神だけを養っておいてもらえばいいんです。」
「平均学力が高いのは、遅れている国が先進国に追いつけ追い越せと国民の尻をたたいた結果で。
国際比較をすれば、アメリカやヨーロッパの点数は低いけれど、すごいリーダーも出てくる。
日本もそういう先進国型になっていかなければいけ ません。
それが"ゆとり教育"の本当の目的。
エリート教育とは言いにくい時代だから、回りくどく言っただけの話。」
(斉藤貴男著『機会不平等』より)
今の公立校の教育現場に不安を覚えます。
いや、昔からそうでした。荒れている学校で過ごした私はことさら感じます。
せめて教育環境の選択にだけでも自分達の意思で選びたい。
わたしは、学び、笑い、喜び、はぐくめる環境で子供を過ごさせてあげたい。
しっかりとした環境を与えてあげたいと思っているだけです。
公立校も区内、圏内などで学校を選択できるような動きが各自治体で起きています。
ところが、学校を選択するうえでの判断基準ははっきり言って見えません。
中学では試験があるわけでもないので、当然偏差値がない。
過去の高校合格実績にしても、個人の能力依存で必ずしも学校の指導がよかったから
と言うものではなさそうです。
まれに、優秀な教師により高校進学実績が良好で、
学校も荒れていないという中学があるかもしれませんが、
どんなにいい先生でも公立は転勤が必ずついてきます。
事実上、学校の選択、ひいては容易な将来性の選択を考えると
可能なのは中学受験しかないということなのです。
 
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